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野村克也氏が証明した「リーダーの評価は、何を残すかで決まる」

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野村克也氏が証明した「リーダーの評価は、何を残すかで決まる」

現代ビジネス
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca528f2c897245a13d4b687f0b85ec44a3a5033e?page=1
今年2月、惜しまれつつ亡くなった、プロ野球史に輝く名将・野村克也氏。『上達の技法』は、弱小球団を何度も勝利に導いてきた氏の「最後のメッセージ」が詰まった一冊だ。監督時代、「人間は何を残すかで評価が決まる」と考えていた野村氏。リーダーたるもの、一体何を残すべきなのか? ビジネスパーソンも知っておくべき、「一流のリーダーの条件」に迫る。
野村克也氏が気づいた「成長が止まる人・成長し続ける人」の違い
一流のリーダーの条件
 思考と行動は繋がっている。グラウンドで正しいプレーをするには、正しい野球を学ばなければならない。そこで私は、ミーティングで私の野球に対する考え方を選手たちに毎日伝え続けた。
 私が監督を務めた4球団のうち、一番ミーティングをしたのはヤクルト時代である。
 私は常々「一年の計はキャンプにあり」と言い続けてきたが、当時のヤクルトはユマで春季キャンプを張っており、この環境がチームにとってはとてもよかった。
 アメリカ・アリゾナ州にあるユマは、日本で言うところの「田舎町」である。夜に遊ぶようなところはまったくない。日中は野球漬けとなり、夜は寝るだけ。監督としての私の考えを選手たちに教え込むには最高の環境だった。
 1980年、西武ライオンズでプロ野球を引退し、その後1990年にヤクルトの監督になるまでの間、私はテレビやラジオ中継の解説や講演といった仕事をこなしつつ、様々な本を読み漁り、自分の中に知識や情報を蓄えていった。そこで得た知識は、ミーティングをする上では大いに役立った。
 そしてその浪人時代、私が講演でよく述べていた言葉がある。それは、「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上」というものである。
 わかりやすく解説すれば、「ひとつの仕事をして金を残すのは三流、名を残すのは二流、人を残すのが一流である」という意味だ。
監督として活躍する教え子たち
 そういった意味では最近、私もそこそこプロ野球に貢献することができたのではないかと感じている。監督として南海、ヤクルト、阪神、楽天の4球団をわたり歩き、その間に触れ合った当時の選手たちが今、多くの球団で監督やコーチを務めている。
 2020年シーズンの12球団の監督を見ると、その半数が私の元教え子たちである。
 現在の監督(元教え子)をざっと見わたすと次のようになっている。
 ・北海道日本ハムファイターズ・栗山英樹(1990年、ヤクルト)
 ・埼玉西武ライオンズ・辻発彦(1996~98年、ヤクルト)
 ・東北楽天ゴールデンイーグルス・三木肇(1996~98年、ヤクルト)
 ・東京ヤクルトスワローズ・高津臣吾(1991~1998年、ヤクルト)
 ・阪神タイガース・矢野燿大(1999~2001年、阪神 ※当時の登録名は矢野輝弘)
 ・中日ドラゴンズ・与田剛(2000年、阪神 ※当時の登録名は与田剛士)
 また、これらの一軍監督の他にも、二軍監督では福岡ソフトバンクホークスの小川一夫、千葉ロッテマリーンズの今岡真訪(阪神 ※当時の登録名は今岡誠)、日本ハムの荒木大輔(監督兼投手コーチ)、ヤクルトの池山隆寛なども、私とともに戦った選手たちである。
 「人を遺す」というのは、監督の大事な役割のひとつである。人間は何を残すかで評価が決まる。そういう意味では、こんな私でも少しは野球界に貢献できたのかなと感じている。
選手の個性を最高に輝かせる
 人材の適性、力量を見抜き、最もふさわしいポジションに配する。これは野球における監督の大きな役割のひとつである。私の考える、監督がなすべき一番大切なことは「見つける、育てる、生かす」である。
 野球という競技はとてもよくできていて、9つのポジションそれぞれに適性があり、各ポジションに最もふさわしい人材を適材適所で配置できているチームが、最高の強さを発揮できるようになっている。
 その選手の長所・適性を見つけ、心技体を育て、最大の力が発揮できるポジションに配してその選手を生かす。9人の選手それぞれが配されたポジションで生き生きと活躍してくれれば、それは「×9」以上の力を生み出すことを私は知っている。
 そして長いシーズンを乗り切り、最後の日本シリーズを制し日本一の称号を勝ち取るには、そういった9人の相乗効果によってもたらされるプラスαの力が絶対に必要なのだ。
 ヤクルトで監督をしていた時代に「適材適所」で最も輝いてくれたのは、トップバッターとして活躍したセンターの飯田哲也である。
 私が監督に就任したばかりのキャンプで、彼はキャッチャーをしていた。だが、走らせると、とても足が速い。そこで私は、「その足の速さがありながらなぜキャッチャーをやっているのか」と飯田に問うと、彼は「高校時代からやっているので」と答えた。
異例だった外野手への転向
 練習時の飯田を見ていて、私は「性格、考え方がキャッチャー向きではない」と感じていた。だから先の問いに続けて、「お前、キャッチャー好きか?」と聞いてみた。
 すると飯田は黙り込んでしまった。私は彼に言った。
 「お前、明日から野手用のグローブを持ってこい」
 飯田は驚いた顔をしていたが、私は「足の速さは親からもらった大切な才能、財産なんだ。その足を生かしたポジションにつけ」と話した。
 最初に飯田がついた守備位置はショートだった。その次にセカンドを守らせ、外野もやってみるか、ということでセンターもやらせてみた。すると、このポジションが彼にピタリとはまった。プレーに躍動感が出て、練習でも好プレーを連発したのだ。
 以来、彼は不動のセンターとして、ヤクルトの日本一に貢献してくれたのはみなさんご存知の通りである。
 同時期にヤクルトで活躍した土橋勝征も、飯田のようにプレースタイルを変えて成功した選手のひとりだ。
 土橋は高校時代に長距離砲だったこともあって、プロ入り後もそのスタイルを貫いていた。だが、なかなか芽が出ず、一軍と二軍を行ったり来たり。彼の性格は自己主張が強いタイプではなく、自己犠牲も厭わない脇役に向いた性格だった。
 だから私は主役(主軸)ではなく、つなぎ役を目指してみるように勧めた。それから彼は自分の持ち味を生かし、一軍に定着。ほどなくしてセカンドのレギュラーとなった。
 選手たちはそれぞれに、長所・適性といった持ち味がある。私はいつもその持ち味がどうやったら最大限チームで生かされるかを考えていた。
 「その選手が最も輝くには、どうしたらいいのか?」、これを考えるのが監督の仕事であり、ひとりでも多くの選手を輝かせるのが監督としての腕の見せ所でもあるのだ。
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